御詠歌

明治十九年
      伊那下神社
        奉詠御次第
     紅葉

おぐら山時雨の後ぞおもひかる木々の梢も紅葉しぬらし

から錦おりかくばかり小くら山峯の梢も千々にそめけり

紅葉のちりかふ時は竜田水さくにをくようおるここちせり


明治十九年
      伊那下神社
        奉詠御次第
     山家

音にだに聞けば淋しさまさりける山里遠み嶺のこがらし

世中のことのしげきに意ふればなを山が家は飽よしもかな

にごり水やすめば都と山里も世のうきよりはまさりぬるかな


明治十九年
      伊那下神社
        奉詠御次第

       十五夜
今宵こそめでゝみよかし世の人のわきてさやけき月の影かな

       暮秋
ゆく秋のわかれをおしむ虫の音をきく我さへも悲しかりけり

ちるをだにのこせ嵐もみじ葉をおりてかざらん秋のかたみに

秋はけふかぎりなればきりぎりす聲よたりけになくそわびしき


明治十九年
      伊那下神社
        奉詠御次第
              僧
我盧は松のむれたつおく山のふかきこころを人しらめやも

いつくにか我世はへなんふるころもきなくの山にいをりせなまし

世をすてゝこころつくしの草枕よしや野岩と消へはゆくとも


明治十九年
      伊那下神社
        奉詠御次第

      池水波静御題

さやきなき石を清すみの池の面にあそふく鯉の影ぞゆかしき

静なるみよのみたみやおもふらん池のこころもおなじ世の中

君か代をいはふいわれの池なきに千代をふかめてあそぶ白鶴かな


      猪戸温泉をよめる

効ある猪戸温泉は名も今にゆききし人の一夜ゆるさじ



明治十九年
      伊那下神社
        奉詠御次第

      寒蘆   近藤有寿
芦の葉も霜枯れ果てゝよる浪の音も寒けき和かの浦風

依田簡文
きえにし月まつ舟の梶枕 かれふす芦の音ぞ身にしむ


      有訪恋 
簡重
うきふしのたちへだたりて片原のよりもえあはぬ中ぞくるしき

うき身にもかかるべしとはおもひきや月に芦むらぐ花にあらしも
直吉
ち鳥もやとりかぬらん浦風に吹みだれたるあしのむらたち